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地名の由来:八軒屋
干拓の歴史と食の神様を訪ねて
倉敷市八軒屋を歩く
倉敷市街地の南側に位置する八軒屋(はっけんや)は、今も田畑が広がるのどかなエリアです。しかし、近年では県道22号(倉敷玉野線)の交通量が増え、周辺には新しい住宅や店舗が目立つようになってきました。国道2号の北側がすっかり住宅地へと変貌したことを考えると、この八軒屋の穏やかな風景も、遠くない未来に形を変えてしまうのかもしれません。
かつて訪れた喫茶店を懐かしんで再訪してみると、今はカラオケ喫茶として地域の方々に親しまれているようで、中からは楽しそうな歌声が聞こえてきました。こうした八軒屋の「田舎らしさ」が残る景色が、いつまでも続いてほしい——そんな感慨にふける訪問となりました。
地名の由来
八軒屋のあたりは、かつては海峡が広がっていた場所でした。時を経て遠浅となり、江戸時代に入ると周辺の干拓事業が本格化します。新しく拓かれた農地に、最初に入植した家が「8軒」であったこと。これが「八軒屋新田」という名の起源となり、多くの家々が立ち並ぶ現代に至るまで、その名が大切に引き継がれているのです。
保食神社
厳密には隣接する粒江地区になりますが、八軒屋遊園という公園の傍らに「保食神社」が鎮座しています。
祭神である保食神(うけもちのかみ)は、『日本書紀』に登場する食物の女神です。神話では、ツクヨミとの衝突により命を落とす悲劇的な結末を迎えますが、その遺体からは牛馬や稲、麦、大豆などが生まれました。
これが現代の私たちが口にする食べ物の起源とされ、五穀豊穣や牛馬の守護神として信仰を集めています。
保食神への信仰そのものは全国的に盛んですが、多くは大きな神社の境内社(小さな祠)として祀られることが一般的です。今回のように「保食神社」として主祭神に掲げられているケースは、実は珍しいものと言えます。
干拓によって拓かれ、農業と共に歩んできたこの地らしい神社と言えるでしょう。八軒屋を訪れた際には、日々の食への感謝を込めて、この静かな社にお参りしてみてはいかがでしょうか。

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関連リンク
写真:八軒屋交差点付近の風景
写真提供:Googleマップ
最終更新日:2026.3.22



