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地名の由来:石関町
岡山城の歴史を刻む「石関町」|地名の由来と役割
岡山城のすぐ下、旭川沿いに位置する「石関町(いしぜきちょう)」。
この地名は岡山城の整備により生じたものです。
岡山城を築いた戦国武将宇喜多秀家の時代、旭川から中堀へと水を引き込むために、現在の石関町付近から帯郭門(おびくるわもん)へと続く間に大きな石で堰を築きました。
これにより、水流を調整し、防衛の一環として利用する構造が整えられました。
この「石の堰」があったことから、周辺の地名が石関町と呼ばれるようになったのです。
岡山城防衛の重要拠点だった石関町
石関町は単なる地名ではなく、岡山城の防衛において重要な役割を担っていました。堀の水量を管理することで、敵の侵入を防ぐ知恵が詰まった戦略的な拠点だったのです。
現在の石関町は、歴史を感じさせる落ち着いた街並みが広がるエリアですが、かつては岡山城を守るための要所だったことを考えると、より一層その魅力が深まります。
中堀
石関町の地名の由来となった中堀は明治時代に埋め立てられて現存しません。
在りし日の中堀は、石関町から水が注ぎこまれ、天神山の辺りを大きく迂回し、百貨店の天満屋とそのバスターミナルの間を流れていくルートを通っていました。





