地名の由来
庭瀬の地名は新瀬(にいせ)が転じたものだと考えられています。
新瀬の確たる由来は伝わっていませんが、かつて庭瀬の辺りまで海が湾入していた事から生じた地名とされています。
「瀬」という字には歩いて行ける程度の水位の低い場所を指します、なので新瀬は海退によって生じた地名と考えられるでしょう。現代は完全に内陸部になっており、海だった時代の名残は見られません。
庭瀬は陸地化した後も長く船運が盛んな土地でした。
山陽鉄道(現在の山陽本線)が開通した後に廃れ、今では水路も往年の半分程度の幅に縮小されています。平成19年度に常夜灯が再建されるなど、港町としての景観を復元する事業が行われました。
庭瀬城
庭瀬には庭瀬城跡があります。
三村氏が宇喜多氏の侵攻に備えて整備したと考えられています。
高松城の水攻めの際に落とされ、後に宇喜多氏の所領となります。
1602年に戸川家が入り、城を廃して庭瀬陣屋としました。
最終的に板倉家が入り、明治時代を迎えました。
この時に庭瀬城の表門が東花尻の立成寺に移されて、現在も残されています。
関連項目:庭瀬駅(駅名になった地名の由来)




