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地名の由来:疎開道路
疎開道路の由来|番町に刻まれた戦時の記憶
岡山市北区番町を東西に貫く道路の一部に、**「疎開道路」**と呼ばれる区間があります。
この道路は県道27号線の北消防署番町分署の交差点から、県道402号と並行して旭川方面へと伸びるルートです。
「疎開道路」という名称は、太平洋戦争中に実施された「家屋疎開」に由来しています。
戦時中の施策によって形成された土地を活用し、戦後に整備された道路であることから、地域の人々の間でこの名称が使われるようになりました。
では家屋疎開とは何ぞや?を続いて紹介していきます。
家屋疎開とは|延焼を防ぐための都市政策
「家屋疎開」とは、空襲による延焼被害を最小限に抑えるための施策でした。
当時、日本の住宅の多くは木造で、ひとたび火がつけば、密集する住宅地では瞬く間に火災が広がってしまいます。
そこで政府は、意図的に住宅を解体し、建物と建物の間に空き地を設ける施策を実行しました。
これが「家屋疎開」です。
岡山市内でも複数の地区で家屋疎開が実施されました。
そのうちの一つが、現在「疎開道路」と呼ばれるこの場所だったのです。
戦時の教訓と都市構造の変化が、今も地名と道路に残されているのです。
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