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地名の由来:田益
地名の由来
田益を歩く
田益は、岡山市北西部に位置する、田園風景や丘陵地が広がる自然豊かな地域です。国道53号や岡山インターチェンジに近く、市街地へのアクセスに優れた住宅地として発展してきました。
地区内には国立病院機構が運営する岡山医療センターがあります。
国道沿いといえば様々な店が乱立しがちですが、田益の場合は国道がこの辺りで高架になっている為、周辺は便利な立地のわりに、お店は少なく、静かな住宅街が広がっています。
便利な立地にありながら、郊外のような静けさのある住みやすそうな地区という印象です。
地名の由来
1876年まで、この場所には「田中村」と「益井村」という二つの村が存在していました。これらが合併して「田益村」となったのです。田中(田んぼに囲まれた場所)と、益井(豊かな水、あるいは水の恵みを願う地名)。
二つの村が対等に融合したことを示すこの「合成地名」は、旧来の村名を公平に残すための知恵でした。
一方で、地名学的には「意味が希薄になる」という批判的な側面も併せ持っています。しかし、こうして名前の中にかつての二つの村が生き続けていることは、それぞれの地区に住む人々にとって喜ばしい事ではないでしょうか。
国立病院機構岡山医療センター
現在、田益のランドマークとなっている岡山医療センターにも、深い歴史が刻まれています。
その源流は1945年、陸軍病院を引き継ぐ形で誕生した「国立岡山病院(当時の所在地は伊福町)」にまで遡ります。
その後、1961年に南方(現在のきらめきプラザ周辺)へ移転し、地域の中核医療機関として親しまれてきました。そして2001年、開院から約半世紀を経て現在地である田益へ移り、名称も現在のものへと改められました。
伊福町、南方、そして田益。病院が移転するたびに、周辺の風景も、人々の記憶も少しずつ塗り替えられてきました。




