
学校で学ぶ地名の変遷―大坂と大阪
学校で学ぶ地名の変遷―大坂と大阪
歴史のテストで「大坂の陣」を「大阪の陣」と書き間違えて減点された…、そんな苦い経験がある人は多いのではないでしょうか。
現在の地名は「大阪」ですが、歴史上の出来事である「大坂冬の陣(1614年)」や「大坂夏の陣(1615年)」では「坂」の字を使うのが一般的です。
一体なぜ、この一文字が変わることになったのでしょうか。
これは大阪の地名が変化したことに伴うもので、大坂の陣が起きた頃は大坂と表記されていました。
なので表記もそれに合わせて「坂」を用います。
江戸時代の後半には大阪、大坂どちらの表記も用いられていましたが、1968年に新政府が設置した府の名称を「大阪府」としました。これ以降、大阪の公式な名称として使用されるようになりました。
文字が変わった理由と、大阪地名の歴史
「坂」から「阪」に転じた理由は複数の説があります。
まずは「土」に「返る」に読める事から、縁起を担いでこざとへんの文字に変えたというものです。地名の世界ではよく見られる変化です。
この説は江戸時代に書かれた大阪の地誌「摂陽落穂集」でも紹介されています。当時の資料に出てくるので、有力候補として良いでしょう。
続いて「士」族が「反」乱を起こすという意味に見えるからというものもあります。これを政府が嫌った為に大阪にしたという説です。
確かに明治政府が府の名前を大阪とすることで、後の流れを決定づけたという経緯もあるので、信ぴょう性がありそうです。
ところで大阪の地名は「坂」と「阪」以外にも変遷の歴史があります。
地名の起源は平安時代頃に上町台地辺りの坂が多い地形から生じた「小坂」だったとされます。読み方はオザカ、オオザカで、濁点の違いはありますが、読み方については大きく変わっていません。
小が大に転じたのは好字へ変えたものと考えられています。
長い歴史の中で「小坂」から「大坂」、そして現在の「大阪」へと姿を変えてきたこの街。 明治政府が「阪」の字を公式としたことで、ようやく現在の形に落ち着きました。漢字一文字の違いの裏には、時代ごとの人々の願いや、政治的な思惑が隠されていたのですね。




