昭和の密猟ネットワークを暴いた「カモシカ特別捜査本部」の衝撃
偶然の発見から前代未聞の捜査へ
昭和34年(1959年)、日本の野生動物保護の歴史を大きく変える前代未聞の捜査が岡山県で行われました。きっかけは、尾鷲営林署の技官が運動具店の店頭で見かけた「一枚の毛皮」でした。
店頭の毛皮が特別天然記念物であるニホンカモシカのものであると見抜いた技官の通報を受け、岡山県警察本部は防犯課内に「カモシカ特別捜査本部」を設置しましsた。警察官24名が3か月にわたって専従で捜査にあたるという、異例の大規模体制が敷かれました。
当時、カモシカの毛皮は主に「尻当(しりあて)」(座る際に腰に巻く敷物)として加工され、山仕事に従事する林業技術者や猟師などの間で愛用されていました。
浮き彫りになった「年間300頭」の闇
カモシカ特別捜査本部の捜査の結果、カモシカ密猟の根深い実態が次々と明らかになりました。
・広域ネットワーク: 密猟ルートは岡山県内にとどまらず、東京・大阪・京都といった大都市圏の業者にまで及んでいました。
・蔓延する密猟: 業者らの間では「年間300頭以上が密猟されている」という風評が流れるほど、密猟が常態化していました。
・公然とした売買: それまで本格的な取り締まりが行われていなかったため、特別天然記念物であるはずのカモシカが、半ば公然と売買されていた実態がありました。
最終的に多数の違反者が取り調べを受け、全国に張り巡らされた密猟ネットワークに司法のメスが入ることとなりました。
この流れを受け、ニホンカモシカの製品を扱っていた運動具店では以後の扱いを無くすことを決め、毛皮商組合でも組合員が違反をした場合は除名の上で通報することを表明しました。
こうして密猟をしても引き取り先が無くなることで、密猟自体の減少も期待できるようになりました。
事件が残した教訓と「職務証票」の誕生
この事件を重く見た岡山県では、再発防止に向けた画期的な対策を講じています。
密猟防止の実効性を高めるため、ほとんどの林業技術者に対して「職務証票」を交付しました。
これは狩猟法第19条の2に基づく証票です。林業技術者は山中で密猟者に遭遇する機会が多いため、密猟者に対して直接に注意を与える権限や裏付けを持たせることで、違反防止の効果を上げることを目的としています
現場を知る専門家が、密猟者に対して直接的な注意や指導を行える体制を正式に整えたのです。
一人の技官の鋭い目から始まったこの捜査は、単なる事件解決に留まらず、その後の日本の野生動物保護体制を強化する大きな転換点となりました。
写真:カモシカ特捜本部のイメージ
最終更新日:2026.4.21
参考資料:『林業技術』第222号(1960年)





