建設の代償と悲劇の歴史
旭川ダムは、約4年という短期間で建造されました。
計画自体は大正時代からありましたが、建造の機運を高めたの室戸台風による被害でした。その為、治水の観点から旭川ダムの計画が推し進められることになります。
しかし、その工事の代償は大きく、30名もの殉職者を出すという痛ましい結果となりました。
ダムという施設は、構造上、完成までの間に多くの犠牲を伴うことが多く、全国的に見ても心霊スポットとして語られることが多い建造物です。
旭川ダムにおいても、これらの殉職者の記憶が、人々の恐怖や想像力と結びつき、長い年月をかけて「噂」という形を形成してきたのでしょう。
「男の声」が意味するもの
この地で有名な現象として、「おい、おい!」と呼びかけてくる男の声と、車がノックされるというものがあります。
日中は多いとまでは言えないまでも、多少の交通量がありますが、真夜中になるとそれも途切れ、周囲はシンと静まり返ります。そんな中で聞き間違えようのない音や声が聞こえてくるというのです。
湖畔ではかつて自動車が転落し、家族が命を落とすという事故があったとも言われています。
呼びかけは殉職者によるものか、あるいは事故の犠牲者によるものか。
噂の真偽を確かめる術はありません。ただ、この地で多くの人命が失われているという事だけが確かな事です。
噂とは、事実と人々の感情が混ざり合った、この土地の記憶そのものなのかもしれません。
噂を楽しむことを否定することはありませんが、殉職者らの失われた命の歴史を敬う気持ちだけは、忘れてはならない事です。決してはしゃぎすぎないように気を付けましょう。
※建物への不法侵入などはしないようにお気をつけください。





