TOPコラム岡山の過去の出来事>40.一家三人の村

3人家族

『一家三人の村』

三人きりの村


 江戸時代、岡山に人口3人の村がありました。
 
 現在の美作市美保原の辺りにあった矢野原村です。
 美作の西部を扱った地誌、作陽誌に一家三人と記録されています。

 当時、一戸だけで成立している村は矢野原村以外にも事例があります。
 しかし実際には家来や使用人などの、村の人口に含まれない住民が存在していたそうです。
 矢野原村にはそのような人はおらず、本当に一家だけの村だったそうです。

その後


 矢野原村について記載のある作陽誌が作られたのが1691年です。
 他の資料は見つけられず、矢野原村がいつから存在していたのかは判りません。

 しかし1731年に矢野原村は合併を行っており、この時に人口が増えて一戸3人という特異な状況は失われてしまいました。

 明治政府が江戸時代の町村を把握する為に作った旧高旧領取調帳においても矢野原村の名前は見られ、1872年に香合村と合併して美保原村を成立させるまで存在したようです。



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画像:『潮干狩り』





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