TOPコラムコラム・岡山の事件簿>55.領主のための切腹

『領主のための切腹』

戸川安愛と幕末

 倉敷市の帯江戸川家は1628年に戸川安利が帯江の地を分地されて帯江知行所を興して以降、江戸時代を通じて領主として土地を治めてきました。

 しかし1862年に家督を継いだ戸川安愛は明治維新の中で難しい舵取りを迫られます。

 安愛は幕府側の立場を取り、主戦論者として戊辰戦争でも徳川慶喜を守って戦い抜きました。
 しかし結果は幕府軍の敗退でした。

 戸川安愛は簡易を差し止められ、陣屋や帯江知行所は取り上げられ、岡山藩に没収となりました。

領主のための切腹

 江戸時代の領主の中には、年貢などで領民を苦しめていた人物も少なくなかったそうです。
 しかし帯江の領主は領民から慕われており、それが伝わるエピソードがあります。

 領民たちは何とか戸川家が領主を続けられるようにと、処分の取り消しを岡山藩に働きかけていったのです。
 しかし当然ながら決定は覆りません。

 嘆願書を届けた2人の武士は、手ぶらでは帰れないとその場で切腹して果てました。

 時代の流れの中で領主としての立場は失いましたが、領民からここまで慕われた戸川家は素晴らしいとは思いませんか?



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写真:切腹
写真提供:イラストAC


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