TOPコラム岡山で起こった事>27.閑谷学校は城塞ですか?

閑谷学校

『閑谷学校は城塞ですか❓』

岡山が城塞を作ろうとしている!

 岡山県が世界に誇る、日本最古の庶民の為の学校が閑谷学校です。
 藩士の為の藩校は既にありましたが、庶民向けとなると最古で、地方の指導者となれる人材を育成する事を目的としていました。

 池田光政の事業の一つですが、実はこの工事が始まった頃に隣の赤穂藩があれは学校と誤魔化して城塞を築こうとしているのだと言いふらしていたと伝えられています。

 これは赤穂藩の誤解でそのように言われてしまった…とは言い切れない、閑谷学校に関する幾つかの要因があります。

城塞的なアレコレ

 まず第一には備前市という赤穂藩との藩境に近い場所に築かれた点が挙げられます。
 史実としては池田家の墓所を作る為に案内された候補地の一つが教育の場に相応しいととして学校の用地に選んだとされています。
 しかし確かに決して狭くはない藩内で、赤穂藩寄りの場所が選ばれたのは、赤穂藩としてはやや気になる出来事だったのは間違いありません。

 更に閑谷学校の作りにも城塞を思わせるポイントがあります。
 敷地を囲う頑丈な石塀は、作られてから300年以上も経過した現在でも崩れる事のない非常に強固な作りになっています。
 取りようによっては、敵から攻められても耐えきれる強固な塀にも思えます。

 また、普通は半円形に作られる泮池も、閑谷学校ではまるで城の堀を思わせるような長方形をしています。

 これらの要素が重なり、学校を作ると偽って城塞を作ろうとしていたのではないかと考えられていたのです。
 その真相は…池田光政公のみぞ知る!?



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画像:『閑谷学校』
写真撮影:岡山の街角から





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