TOP>コラム>コラム・岡山の事件簿>42.渋染一揆

『渋染一揆』
渋染一揆とは
幕末の岡山で渋染一揆という強訴が起こりました。
(※名称は一揆ですが、内容は強訴であるとされています)
事の発端は1856年に出された倹約令です。
藩の財政を立て直すために出された倹約令でしたが、これには別段御触書という被差別部落の人々へ対する内容も含まれていました。
その内容は下記のようなものでした。
着物
・渋染か藍色の模様のない物に限る
・紋付きの着物は禁止
履物
・下駄は村内と雨の日は使用可
・村外へ行く時は使用禁止。
・村内で百姓に会ったら、下駄を脱いで挨拶をする
このような、到底受け入れがたい内容でした。
倹約令に際して百姓の反発を防ぐ為に、被差別民への締め付けを強化する目的があったものと考えられています。
一揆勃発
別段御触書の対象となった被差別部落の人々は協力し合い強訴を行います。
1,500人以上が参加したと言われていますが、彼らは武装しませんでした。
粘り強い交渉を続けた末に、嘆願書を届ける事に成功しました。
結果として岡山藩の中で倹約令について話し合いが行われました。
そして最終的にお触書はそのまま出すものの、内容について強制しないという事実上の撤回に等しい返答を勝ち得ました
関連リンク
写真:一揆のイメージ図
写真提供:PhotoAC
