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ぼっけえ、きょうてえ 岡山関連ワード解説
和気町出身の作家・岩井志麻子さんは岡山を舞台にした作品を多く発表しています。
今回は日本ホラー小説大賞を受賞した「ぼっけえ、きょうてえ」の中から、岡山県に関連する事項の解説をしていきます。
目次
① ぼっけえ、きょうてえ ②密告函 ③あまぞわい ④依って件の如し
尚、記事中で物語の核心部には触れませんが、多少のネタバレを含む場合がありますのでご了承ください。
①ぼっけえ、きょうてえ
北条県
本作の語り部である「妾」の出身地についての話題で登場しました。
本文中では自らの出身地である津山の近くの村について『まだあそこは岡山県じゃのうて北条県いうとったんて』と話しています。
北条県は1871年に岡山県の北東部に位置する旧美作国のエリアを管轄する県として誕生しました。
1876年に岡山県と合併して消滅しました。なので「妾」は明治1桁の生まれの人間であることがわかります。
南のほうばっかし、ええ目におうとる
「なんか岡山いうのは南の方ばっかし、ええ目におうてるんよな」
この台詞の通り岡山県には県の南北の格差が古くからあります。「南厚北薄」と呼ばれています。
瀬戸内海沿岸で温暖な県南部に対して、中国山地に位置し豪雪地帯も含まれる県北部。県南部の方が発展して、県北部は取り残されがちです。
そんな感情からか「備前の方の者は好かんな」と話していますが、「妾」はその備前地方の貸座敷で働いています。
荒神様
作中に登場する荒神様は西日本、その中でも特に瀬戸内海沿岸でよく信仰されている神様です。
特に岡山県は盛んです。県内各地に荒神社が見られる他、いたるところに荒神を祀った小さな社が見られます。
荒神は火の神や竈の神を指します。
恐ろしい(荒ぶる)神だから、祀って鎮めようというのが起源とする説もあります。
気候が悪いけん、いっつも凶作じゃろ
この台詞も県南部に対してあてつけたものでしょう。
岡山県のキャッチコピーである「晴れの国」は、岡山市の気候に由来します。具体的には県庁所在地の中で岡山市の年間に占める降水量1mm未満の日数が日本一である事です。
自然災害の類も非常に少ない土地柄です。
この傾向は瀬戸内海沿岸に見られます。県央~県北にかけては際立って降水量の少ない地域というわけではありません。
ただし「いっつも凶作」になるほど気候が悪い訳でもありません。
ナメラスジ
「うちらはナメラスジの真上に住んどったんよ」というセリフがあります。
ナメラスジは悪魔などの禍々しい存在の通り道とされる長く続く道の事で、その途中に家を建てると悪いことが起こるという言い伝えがあります。
香川県、兵庫県では「縄筋」と呼ばれているそうで、ナメラスジはそれが訛った方言でしょう。
津山遊郭
津山の遊郭は津山市伏見町の辺りにありました。
現在では普通の住宅地になっていますが、当時の名残として思案橋という橋が残されています。
これは遊郭のすぐ近くに架けられた橋で、この辺りで男たちが遊びに行こうかどうか思案した事に由来しています。
関連リンク:思案橋
津山くんだりまで流れてきたんじゃ
「妾」の両親についてのエピソードです。
ある事情から地元では幸せになれず、放浪の果てに津山で定住しました。
岡山県は前述の通り県南部は自然災害の少ない地域で、その為に住民同士が協力し合う習慣が薄いと言われています。
逆に雪の多い津山では人同士の結びつきが強固で、人情に厚い傾向があります。
その為に昔は「駆け落ちするなら津山へ行け」と言われたそうです。
物語で津山が選ばれたのはこの事に由来するのでしょう。
② 密告函
初代岡山市役所
物語の舞台になるのは著者の出身地でもある和気郡に属する村の役場です。
その話題で登場したのが初代の岡山市役所です。
「元は士族様のお屋敷じゃったというが」という台詞の通り、当時の市役所は旧岡山藩士の屋敷を用いていました。
岡山師範学校
村役場の助役の出身校です。
岡山師範学校は新旧がありますが、助役が卒業したのは旧岡山師範学校です。
1876年に温知学校から改称して誕生した学校です。
物語は明治34年を舞台としているので、その当時は岡山県師範学校でした。
この学校は統合などを経て、最終的に現在の岡山大学教育学部に繋がります。助役の学歴も国立大卒くらいの感覚で良いでしょう。
虎将軍に勝つのは狼さん、か
密告函はコレラの流行に関する物語です。
作中に登場する「虎将軍に勝つのは狼さん、か」の虎将軍はコレラ(※漢字で書くと虎列剌)を指します。
そして狼さんというのは、狼を神使とする高梁市の木野山神社の事です。
虎(=コレラ)を倒すのは、狼だろうという事でコレラの流行期に多くの参拝者が訪れました。
分霊もかなりの件数がされており、県内の神社の境内には小さな木野山神社を見かけることが少なくありません。
お咲の家もその内の一つだったのです。
山陽ラムネ
村内の世間話に登場した山陽ラムネ。
これは実在の会社で、岡山市北区天瀬にありました。
明治時代の後半に創業、県内の清涼飲料水メーカーとしては大規模な会社だったようです。
代表者が岡山砂糖㈱と同じ氏名で、かつ所在地も同じ天瀬なので関連会社か子会社のような関係だったのかも知れません。
花筵
裕福な家の家業として登場した花筵はい草の加工品です。
かつて岡山県はい草の日本一の産地でした。花筵の加工技術についても高いレベルで、産地としては日本一を他に譲った現在でも花筵の生産量は約50%のシェアを有しています。
耐火煉瓦
最新の花形産業として紹介される耐火煉瓦。
現在でも備前市の産業であり、日本一のシェアを誇ります。
山陽新報
山陽新報は現在の山陽新聞の前身の一つで、同社の歴史では最古の新聞です。
中国民報と合併、山陽中国合同新聞~合同新聞を経て山陽新聞になったのは1948年の事でした。
③あまぞわい
長浜村と竹内島
本作の舞台が竹内島で、その対岸にあるのが長浜村です。
長浜村は現在の下津井地区の内、田之浦~大畠を村域とした村です。1900年に吹上を加えて長浜町になるので、物語は明治22年~明治32年までの間と推測できます。
ちなみに長浜は下津井地区の旧称でもあり、浜が長く続くという意味で生じた地名です。
対する竹内島は同名の島が見つけられませんでした。余りいい話の舞台ではないので実在の地名を用いなかったのか、それともかつては竹内島と呼ばれていたという史実があるのかは不明です。
田之浦~大畠の対岸にある島という条件で考えると、櫃石島、松島、釜島、竪場島が候補となります。
夕凪
夕凪は夕方頃に発生する無風状態の事です。
岡山ではその夕凪が長いので「備前の夕凪」と呼びます。
岡山の東中島遊郭
東中島は岡山市の遊郭として有名な場所でした。
地名の通り旭川に浮かぶ中洲に築かれ、西側には西中島があり共に遊郭として栄えました。
当時の岡山で遊郭と言えば…という場所だったのです。
「あまぞわい」と「5人ぞわい」
タイトルになっている「あまぞわい」という言葉について。
「そわい」は海の満ち引きで出たり沈んだりする浅瀬の岩礁です。
これを「そわい」や「ぞわい」と呼ぶのは瀬戸内海沿岸の地域で、日本海側では「クリ」や「グリ」と呼びます。
あまぞわいの物語はフィクションですが、下津井から近い玉野市の宇野港沖によく似た五人宗谷(ぞわい)という怪談があります。
五人の座頭(盲目の人)が備後から大阪へ船をチャーターして移動していました。しかし船頭は面倒になったのか、船のメンテナンスを口実に5人を途中の岩礁に下ろし、そのまま立ち去ってしまいました。
5人が騙されたと気づいた時は既に遅く、やがて溺れ死んでしまいました。
後にその岩礁の辺りでは人魂が目撃されたり、人のすすり泣く声が聞こえてくると言われています。
依って件の如し
ツキノワ
これは「ぼっけえ、きょうてえ」で紹介しているナメラスジと同じ忌み地です。
どちらかと言えば岡山県北部で用いられる言葉で、作中にある通り「牛と女が入ってはならない処」と言い伝えられています。
県下でコレラが大流行した時
明治9年頃から中国地方でコレラが流行した事を指しているようです。
「密告函」で紹介した木野山神社の件です。
中国民報
現在の中国新聞の前身の一つである新聞です。
岡山出身の衆議院議員である坂本金弥が創刊しました。一時は「密告函」で紹介した山陽新報の強力なライバルと言える新聞でした。
内容は坂本金弥の政治思想などを反映したもので、政党の鞍替えなどで有権者の支持を失うに連れて部数も減少。最終的に密告函で紹介した山陽新報と合併しました。
津山川
吉井川の旧称です。
当時は川が通る地域の名称で呼び分けていました。
津山の城下町の辺りの流れが津山川と呼ばれていました。
南の方は滅多に積雪を見ない
「ぼっけえ、きょうてえ」でも解説した県の南北の気候の違い。
この作品の舞台となっている県北部は豪雪地帯がある雪が多い地域です。
対する南部は降雪はあっても積雪はほとんど見られません。
い草を加工する花筵や、ぶどうの温室栽培(マスカットのこと)といった温暖な気候ゆえに実現した産業などへの妬みがあったのでしょう。「小賢しく立ち回って小銭を稼ぎまくり」という棘のある表現が用いられました。
山陽鉄道、中国鉄道
二社ともに過去に存在した鉄道会社です。
山陽鉄道は現在の山陽本線、中国鉄道は津山線と吉備線を開業した鉄道会社です。(どちらも国有化)
ちなみに中国鉄道はバス会社として残っています。(※中鉄バス)
無塩と呼ばれる生魚
海から離れた山間部に魚を運ぶために塩漬けにしていました。
無塩というのは塩漬けにしていない魚、つまり新鮮な魚のことを指します。
本文に出ている鯖寿司もそうした事情から生まれました。(関連リンク:岡山の郷土料理・鯖寿司)
同様の事情から傷みづらいサメの肉を用いたワニ料理もあります。(関連リンク:岡山の郷土料理・ワニ料理)