『岡山空襲とは?』
余り知られない岡山空襲
冒頭でも触れましたが、私の身の回りで尋ねてみたところでは岡山県民でも若い年代は岡山市街地が攻撃を受けた岡山空襲という言葉自体を余り知らないようです。
僕自身も学校で勉強したような覚えはなく、中国地方の空襲は広島の原爆以外無かったのではないかとさえ思っていました。
なのでまずは岡山空襲とは何か?という所から、勉強していきました。
岡山空襲とは?
岡山が空襲に遭ったのは『1945年6月29日』です。
7月24日にも、再び空襲を受けていますが、一般的に言う『岡山空襲』は前者の被害を指して使われます。
攻撃の中心地は現在NTTクレドビルがある郵便局前交差点周辺です。
空襲から2年後の調査による死者数は1,737人であると伝えられています。
NTTクレドビル周辺が中心地に選ばれたのは、攻撃目標である岡山市街地をより効率的に破壊する為に都合のいい場所だったからだそうです。
爆撃と被害
攻撃に用いられたのは爆弾の中でも『焼夷弾』と呼ばれる種類のものです。
これは爆発による攻撃を加えるのではなく、落とした周辺へ火災を引き起こす事を目的としています。
実際に岡山空襲での死亡者の大多数が焼死又は窒息死…、火災による死者です。
(※把握された死亡者が1,538人だった時点で、上記を死因とする人数は1,233人)
攻撃した側であるアメリカによる調査では、岡山市街地の破壊面積は63%とされています。
これは都市別の戦災で見た際に、全国第八位となる被害だったそうです。(『岡山の戦災・野村増一』より)
写真『戦災時の避難場所だった西川周辺』
撮影:岡山の街角から

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写真:西川にある平和像
写真撮影:岡山の街角から

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