夜這いの習慣について
夜這いとは
農村部では普
通だった夜這い
津山事件の原因の一つとして挙げられるのが、日本の一部農村部で見られた「夜這い」という習慣です。犯人である都井睦雄がター
ゲットとした女性の
中には、かつて夜這いの誘いに応じながら後に離れていったり、周囲に噂を広めたりした人々が含まれていました。
そうした事が彼の恨みを募らせたと考えられています。
一部の報道では事件の舞台となった貝尾集落に特有の文化として「夜這い」があったかのように語られることがあります。
しかしこれは正確ではありません。夜這いは戦後まで日本
の農村部で広く見られた風習であり、特に貝尾に限ったものではありません。
当時の津山事件に関する報道や警察調査では、夜這いについて明確に語られることは少なく、否定的なニュアンスが強くありまし
た。
住民が夜這いについて口を閉ざしていた背景には、夜這いの習慣は残りながらも、その行為に対して「恥ずかしい」「表に出せない
話題である」といった意識があったと推察されます。
このことが津山事件の真相解明の障壁となり、都井睦雄と集落の女性たちとの関係性は十分に解明されることはありませんでした。
夜這いとは何 だったのか
ところで一言で夜這いと言いますが、実際には二つの側面があります。まず婚前交渉の場として、そして娯楽や性教育の場としてです。
岡山県の郷土史家、立石憲利さんの著書「岡山の色ばなし-夜 這いのあったころ」には様々な夜這いの経験がつづられています。
その中では事前に約束を取り付けてから夜這いにいく自由恋愛の一環としての夜這いの他に、性経験のない男性が年長の女性から学ぶ為 に行く事を促されるパターンがあった事も記されています。
更に娯楽の無い農村部で性行為自体を楽しむ目的の夜這いもあったようで、前述の著書の中ではお祭りで出会った男性と関係を持ちなが らも、「そのときの若衆は、どこの誰か知らん」(「岡山の色ばなし」大宮様の子より引用)と、ワンナイトスタンドであった事を綴るエピソー ドがあります。
都井睦雄と「夜這い」
では都井睦雄にとって夜這いはどのようなものだったのでしょう。

まず事件の決行日の原因となったされる女性の存在があります。
彼はこの女性に真剣な恋心を抱いていたとされ、その関係は婚前交渉としての夜這いに該当すると考えられます。しかし都井が結核
を患っていることが判明したことで、彼女は彼との関係を解消し、別の男性と結婚し貝尾を離れました。
事件は彼女が帰省するタイミングを狙って決行されました。
一方で遺書には既婚者で50代の親子ほど年齢の離れた女性との関係も記されています。このことから、都井睦雄
が娯楽目的で夜這いを行っていた側面も見受けられます。
当時の日本は日中戦争の最中です。多くの若い男性が戦地に赴いており、徴兵検査前で集落に留まる青年である都井は女性たちから
モテた事が予想されます。
都井睦雄の当時の状況を振り返ると、早くに両親を亡くし、姉も結婚して家を離れるという孤独な状況にありました。このような環
境にあった彼にとって、夜這いで築いた女性たちとの関係は、単なる肉体的な繋がりを超え、心の拠り所としての側面が強かったと考
えられます。
しかし結核の罹患や徴兵検査での事実上の不合格(丙種合格)という現実は、女性たちとの関係性を壊してしまいした。女性たち が離れていったことで 彼の中に生まれた恨みや執着心は、単に女性にフラれたというよりも強い感情となり、事件の動機の一つとなった可能性があります。

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写真:夜空
写真撮影:写真AC

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